スタートアップの可能性を探る
桝田 竣
スタートアップの発掘と投資
何気ない会話をしているときの物腰の柔らかさと、物事を説明するときのロジカルでクールな表情。ゆったりと優しい笑顔を見せたかと思えば、すぐさま真剣なまなざしに戻る。きらぼしキャピタルでスタートアップの発掘と投資に従事する桝田竣(ますだ・しゅん)は、ギャップに富んでいる。
2015年にきらぼし銀行(当時八千代銀行)に入行。銀行を志望したのは、多種多様な業種の商流やトレンドを知りながら、さまざまな支援を通じて貢献できるから。各業界で企業の舵取りをする経営者と仕事をできることにも魅力を感じたという。
「僕は、人とのコミュニケーションを通じてものごとを見聞きしたり、調べたりすることが好きな人間なんです。好奇心旺盛な性格なので、ひとつのことを突き詰めるよりも、いろいろな仕事ができることにワクワクします。そんな自分には、銀行員が向いているんじゃないかなと思いました」
銀行の支店で法人への融資業務を経験し、3年目の2017年に上司から信託銀行への出向を打診された。支店でようやく顧客との関係性を構築できていた時期。迷いもあったが新たな職場と仕事への好奇心から出向を決断した。
信託銀行では、国内外の未上場企業に投資するファンドに対する出資業務に従事。その経験を引っ提げて2019年にきらぼしキャピタルに着任。株式の取得によって企業に投資する「エクイティ投資」の担当者としてスタートアップを支援することに。
「スタートアップの支援は新人の頃から興味がありました。世の中に存在しなかったような製品やサービスを生み出すスタートアップへの支援を通して、世の中の仕組みや在り方を変えるきっかけづくりに携われます。社会的意義も大きく、やりがいがあると感じていました」
現在は、3年から5年という短期での急成長を見込めるスタートアップを探し出し、株式の取得を検討して判断する役割を担っている。IPOのタイミングなどで株式を売りに出すことで、きらぼしキャピタルにリターンが生まれる。ゆえに将来性の目利きが重要だ。
「創業間もないスタートアップは、プロダクト開発やマーケティングに予算を投じているため、赤字のケースがほとんどです。そのため、競合企業と比べたときの強みや、成長を時間軸で分析するなど、一般的な融資とはやや異なる観点で事業性を見極めています」
深い考察で真の課題解決を目指す
現在、桝田の裁量で出資をしたスタートアップは12社にのぼる。各社の事業は、ITサービス、AIテクノロジー、手術支援ロボットなど多彩だ。事業の領域は多岐にわたるが、共通しているのは「人々の暮らしや仕事をより便利で快適にアップデートすることを目指しているスタートアップ」という点だろう。
「出資の判断基準として僕がもっとも大事にしているのは、経営者の原動力やビジョンです。スタートアップの経営は並大抵のことではないので、どのようなモチベーションで、何を目指しているのかをしっかりと理解できるように、コミュニケーションを重ねることを意識しています」
仕事で関わるのはスタートアップだけではなく、さまざまなステークホルダーが存在する。
「株式の保有がゴールではなく、スタートアップには融資や人材採用、顧客開拓などさまざまなニーズがあるので、きらぼしキャピタル単独でのリソースやネットワークでは限界があります。そのため、きらぼし銀行の融資部門やSS(Start-up Studio)部などグループでの連携が必要です。その他にも、同じスタートアップの株式を保有するファンドなど、いろいろな立場の人とのコミュニケーションが発生します。スムーズな支援を実現するためにも、人間関係の構築を大切にしています」
スタートアップは思い描いた通りに事業が進まないことが大半だ。ときには人間関係が悪化して事業に影響が出ることもあるという。桝田はそのようなときにこそ、幅広くかつ深くサポートすることを心掛けている。
「出資者として同じ船に乗った気持ちで、スタートアップの社内で起きた出来事に対しても、自分ごとと捉えて積極的にサポートする心構えでいます」
サポートにおける桝田のポリシーは、色々なことに疑問を持ち、その背景や要因、真意を考えること。例えば、相手のニーズを表面的に受け取らないこともひとつ。本質を捉えることを意識しているという。
「例えば、離職率が高いスタートアップに『人材を紹介してほしい』と相談されたとして、根本の要因をしっかり見極めて改善していくアプローチをしなくては、本質的な解決には繋がらないと思っています。起きている事象の背景や、要望の意図を汲み取り、裏側にある本当のニーズを知ることを重視しています」
周囲に耳を傾け、未来を描く
誠意を尽くし、スタートアップの成長をアシストすることにやりがいを見出していると語る桝田。そんな彼に大切にしているものを聞くと、「ボロボロでちょっと恥ずかしいんですけど…」とおもむろに御守りをカバンから取り出した。
聞けば、母の手作りで、銀行員になったときに渡されたもの、とのこと。新人の頃の至らなさや悔しさがないまぜになった「初心」を忘れないため、常に持ち歩いているという。
このエピソードが物語っているように、桝田はつくづく謙虚でひたむきだ。その姿勢も家族から譲り受けたものらしい。
「幼少期のことですが、習いごとや食事などの日常の些細な場面で自分が気乗りしないときに、祖母や母から『まずはやってみたら?』と声をかけられることが多かったんです。実際にやってみると、やってよかったと感じることばかり。このような経験から、自分の考えに固執せずに、周囲の助言や意見を聞くことを大事にするようになりました」
入社したての頃、業務をキャッチアップするスピードや段取りに力不足を感じていた桝田は、上司から「つらいときが成長の起爆剤になる。困難を乗り越えると、もう一つ上のレベルにいけるから、逃げずに場数を踏んでいこう」と助言された。
「折れそうになっていた心に刺さりました。困難は自分が成長できるチャンスなんだとポジティブに思考を転換するきっかけになりました。今でも困難に直面したときに、どうすれば乗り越えられるのかを考えて、仕事に向き合っています」
テクノロジーやビジネスの変化のスピードが速い昨今、日々SNSや書籍で知識を深めることを欠かさない。スタートアップの可能性は数字の分析だけでは見えてこないからだ。アンテナを張って、知識を広げることは、桝田の好奇心を掻き立てるきっかけにもなっている。
将来の予想の解像度を上げる努力をしたいーー。そう語る桝田の熱を帯びた感情と冷静な思考は、スタートアップの舵取りをする起業家たちの武器であり、東京、そして日本の希望ある未来を手繰りよせる一助になるはずだ。