現場を理解し、全体を捉える。
経営戦略としてのDX実現に向けて

梶原 俊博

きらぼしコンサルティング コンサルティングユニット
ヴァイスプレジデント/ITコーディネーター
トーキョーにつくす人:デジタル化支援 | 梶原 俊博
ICTの最前線で35年、
そして中小企業の支援へ

きらぼしコンサルティングでデジタル化支援の中心を担う梶原俊博(かじわら・としひろ)は、とにかく話がわかりやすい。

明確な答えと、納得性の高いロジック。それを誰もが理解できる言葉で、物腰やわらかに説明する。前職で“営業に長けたSE”と評されていたのも、なるほど頷ける知情のバランスだ。そしてコンサルタントとしての厳しい視点で、本質課題を端的に突き付ける。

「日本人は個別具体的な話が大好きなんです。この仕組みはどうだとか、どんな法規制があるとか、そういう話はみなさん熱心にする。でも、コンセプチュアルな視点やアーキテクチャーの話は苦手ですね。これはICT(情報通信技術)分野に限らずですが、日本が遅れを取っているのは、全体最適を図らず個別のシステムばかりに注目してしまうからです」

トーキョーにつくす人:デジタル化支援 | 梶原 俊博-02

一般的な企業には個人パソコンもeメールもなかった1985年、国内大手通信企業と外資系テクノロジー企業が合同出資し、日本で最初の情報通信企業が誕生した。面白いことができそうだと、大学生だった梶原はSEとして同社に就職。以来約35年、ネットワークのデザインやシステム開発、運用、企画に営業と一通りの仕事を経験し、ときには数千億円の取引が行われるサービスに携わりながら日本のIT化を最前線で支えてきた。

90年代にはシリコンバレーのグループ企業でトレーニーとして経験を積んだ。当時からITの最先端を行くこの地では、デジタルを高度活用するアメリカと、全体最適化を進めることなく部分最適や局所的な解決に留まりがちな日本のアプローチの違いにはっきりと気づかされた。その課題は、DX(デジタル・トランスフォーメーション)が叫ばれる今もなお、日本企業が克服できていない課題として残っている。

そして役職定年を目前に控えた2020年、かつて仕事を共にした知人からのスカウトをきっかけに、梶原はきらぼしコンサルティングへの転職に踏み切った。これまで相手にしてきた大企業とは異なる、中小企業の顧客を多く抱えるきらぼしコンサルティングで、より経営者に近い立場で支援をしたいと考えたからだ。ちょうどその頃、きらぼしコンサルティングに寄せられるお客さまからのご相談において、無視できないテーマの一つがまさにICTやDXだった。

そのデジタル化は、
経営戦略を踏まえているか?
トーキョーにつくす人:デジタル化支援 | 梶原 俊博-03

梶原がクライアント企業に対して行っている仕事をおおまかに言えば「デジタル化支援」ではあるが、もっと正確に言えば、コンサルティング視点を踏まえた「ITコーディネート」だ。

単にデジタル化をかなえるシステムを導入するだけなら、コンサルティング会社である必要はない。ICTを経営戦略の手段の一つとして位置づけ、デジタルテクノロジーによって何を実現したいのか、どう成長したいのか、意義や目的まで一緒に考える。この経営戦略的視点こそ、一般的なベンダーときらぼしコンサルティングの決定的な違いである。

しかし最初にも述べたように、日本人は「どんなシステムがあり、どれを選ぶべきか」といった個別具体的な話にばかり興味を持ってしまう。どういった問題が生じるかいうと、こうである。

「例えばあるベンダーさんが、売上や経費などの経営データを可視化できるシステムを提案されたとします。利益率や回転率まですぐにグラフで提示され、経営者は『なんて便利なんだ、すぐに導入しよう』と言う。でも実際に導入するとなると、内部で数字のまとめ方に関する細かな規定をつくり、業務のやり方を変更しないと正確なデータは出せませんから、その調整に現場がとても苦労します」

あるいは、こんなケースも。

「ある製造業のお客さまから『生産管理システムが古くなり変えたいが、ベンダーさんが高くて融通が利かない』と相談がありました。なぜシステムを変えたいのかお聞きすると、導入当初は少品種大量生産でやっていたが、今は取引先が多様化して多品種少量生産になっている、と。仕事のやり方自体が変わっているのに、目先の状況からシステムだけつくり変えれば解決するのでしょうか」

トーキョーにつくす人:デジタル化支援 | 梶原 俊博-04

こうした例を数多く見てきた梶原は、コンサルティングにおいて「道具(=システム)の目的化を防ぐこと」と「経営層と現場の課題共通認識化」を徹底している。

後者の製造業者のお客さまは実際に梶原が担当したケースだが、梶原はまず経営者に対し「次のシステムを考えるには5年後の中長期計画をきっちり立てる必要がある」とはっきり伝えた。次に工場の幹部たちへ働きかけ、「この中長期計画を自分たちはどう実現するのか」を考えてもらった。そしてそのプランを現場に展開し、取り組むべき課題に優先順位をつけていった。この時点で1年を超える時間がかかったが、そこまでやって初めて、ベンダーを迎え具体的なシステム検討に入れるのだ。時間も手間もかかるかもしれない。しかし、全体最適と将来的な効果を考えれば、不可欠なプロセスであることは疑いようがないだろう。

点から面へ、
いずれ社会を変えるICTコンサルティングを
トーキョーにつくす人:デジタル化支援 | 梶原 俊博-05

とはいえ、こうした発想や進め方が中小企業とって難しいものであることも、梶原は重々わかっている。ただでさえ人材不足が叫ばれる今、ICTの担当者がいることのほうが稀であり、経営者も現場も、山ほどある課題への対応に追われている。大企業の下請けになることの多い中小企業が、自分たちだけでは全体最適を進めづらいという構造的問題も大きい。まずはそこへの理解がなければ、コンサルティングは始まらない。

「体力的・財源的にギリギリで経営されている中小企業さまが、目の前の仕事を差し置いて仕組みを変えようとするのは当然ハードルが高いものです。私も中小企業さまの支援をするなかで、もっと現場の実情に踏み込み、信頼関係を築く活動が必要だったのではと後悔したことがあります。相手から言われたことに対して、ちゃんと聞く耳を持つ。利益や建て前は抜きにして、ダメなことはダメだとちゃんと否定する。だからこそ信じていただけることがあると思います」

一方で、中小企業の中にも、ICTを上手く活用しチャンスにしていこうと気概を持つお客さまがたくさんいる。ある企業の社長は、下請け法が必ずしも遵守されていない業界の在り方を改善しようと、同業者が発注元と公平な取引をするためのプラットフォーム・サービスを構想していた。その想いに共感した梶原は今、プラットフォーム・サービス事業の立ち上げをICT面から支援している。

「今は企業さまごとへ“点”のご支援が中心ですが、次第に一企業から業界へと、“面”の支援へ広げていきたいと考えています。それが『トーキョーに、つくそう。』にもつながっていくと思うのですが、東京は日本の象徴的な場所でもありますから、ここで作ったモデルケースをいずれ全国にも展開できれば理想ですね」

梶原が繰り返していた「全体最適」という言葉を思い出す。私たちがより働きやすく、公正に事業を行うための、ICTを活かした仕組みづくり。それは企業や業界単位の「全体」だけでなく、きっと「社会全体」で取り組むべきものでもあるのだろう。