気候変動リスクと向き合う。
分析をその先へ

山本 誠一

きらぼし銀行
リスク管理部 リスク管理室 次長
トーキョーにつくす人:カーボンニュートラル | 山本 誠一
リスクの把握は、
ストレスや不安をなくすため

入り口で少し立ち止まり、中の様子をじっと確認してから、静かに取材ルームへ足を踏み入れる。背筋はまっすぐ伸び、銀行員らしく整えられた身なりに光る眼鏡が印象的だ。なるほどリスク管理部らしい、慎重で隙を見せない態度。と、思いきや、ひとたび口を開けば親しみやすさとユーモアが随所にこぼれる。

トーキョーにつくす人:カーボンニュートラル | 山本 誠一-02

「心配性で、職場を離れてもずっと仕事のことを考えてしまうタイプ。だから少しでもストレスのない世界をつくりたいですし、メリハリも意識しています」と語るその人は、きらぼし銀行で統合リスク管理の責任者を務める山本誠一(やまもと・せいいち)だ。

経営やコーポレートガバナンスにおいて、リスクマネジメントは近年ますます重視されている。日本でもバブルの崩壊以降、幾度の災害やリーマンショック、そして新型コロナウイルスの大流行などを経て、リスクにどう備えるかが大きな企業課題となった。銀行には貸出金の債務不履行等に関する信用リスクや、金利・為替・債券・株式などの市場価格の変動により生じる市場リスク、業務過程や役職員の活動などによって引き起こされるオペレーショナルリスクなどがあるが、それらのリスクを定量的に算出し、モニタリングしながら管理を行うのがリスク管理部の業務である。

トーキョーにつくす人:カーボンニュートラル | 山本 誠一-03

ストレスを減らしたい山本にとって、日々リスクと向き合うのは大きなストレスになるのでは、とつい素人は考えてしまうが、「リスクを認識することで安心できるじゃないですか。リスクを知らずに経営や業務を進めるから心配になるのです」と山本は言い切る。営業店で20年以上、本部で10年以上のキャリアを積み、多層的な視点を養ってきた山本だが、リスク管理部門に配属されてからはさらにマクロな視点で銀行の活動全体を捉えられるようになったと言う。事業計画の土台となるのは、山本たちが日々行うリスク分析。組織が安心して進むための、経営の要とも言えるのだ。

気候変動リスクから見えた
「銀行リスク=お客さまリスク」の図式

そんな山本が対峙すべきリスクに、近年加わったのが「気候変動リスク」である。

「TCFD」というキーワードを聞いたことがある人はいるだろうか。一般的にはまだ耳なじみのない言葉だが、これは2015年のパリ協定を機にG20からの要請で設立された「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」の略称である。気候関連のリスクが将来のキャッシュフローや資産・負債に及ぼす影響を理解することは投資家にとって不可欠であることから、TCFDは企業等に対し、気候変動関連リスクおよび機会に関する項目の開示を推奨している。

トーキョーにつくす人:カーボンニュートラル | 山本 誠一-04

TCFD提言への賛同を示す企業は日本でも年々増加しているが、東京きらぼしフィナンシャルグループでは2021年、地銀の中ではいち早くTCFD提言への対応を開始した。これまでさまざまなリスクの分析を行ってきた山本にとっても、気候変動リスクに向き合うのは初めてのこと。一体何から始めればよいのか、まずは政府がまとめたガイドラインや書籍を読み込み、外部機関のサポートも受けながら気候変動リスクに向き合い始めた。

気候変動リスクは、大きく「物理的リスク」と「移行リスク」の2つに分けられる。物理的リスクは、台風や洪水などの気象事象によって建物や施設などが被害を受けるケースとサプライチェーンの寸断などにより営業活動が停止した場合、どれくらいの損失が出るかといった文字通り物理的なリスクのこと。一方で移行リスクとは、カーボンニュートラルの実現に向けた政策・法規制の変更や技術シフト等の過程で生じるリスクのこと。工場を持ち、CO2排出量の削減が可視化しやすい製造業なら、こうしたリスクは理解しやすいだろう。しかし銀行業となると、少し話が変わってくる。

「銀行の場合、お貸出ししている企業さまが災害や事業転換等に伴い損失を出した場合も、我々の損失に反映されます。そのため、ハザードマップからお客さまの拠点を調べて災害時の物理的リスクを割り出したり、公表されているシナリオを用いて移行リスクを計算したりと、一社一社の実態を細かく見ていく必要があります」

トーキョーにつくす人:カーボンニュートラル | 山本 誠一-05

つまり、お客さまの気候変動リスクを把握しないことには、自分たちのリスクが計算できないのだ。貸出先すべてが対象となるのだから、その作業は膨大である。しかしそれ以上に山本が愕然としたのは、自分たちにとってのリスク以上に、お客さまのリスクの深刻さだった。

今はアクセルか、ニュートラルか。
その判断を下すために

「実際に当行の気候変動リスクを算出する過程において、分析材料となっているお客さまを個別に考えると、企業や業界によっては大きな損失が出ることがまざまざと可視化されたのです。それを目の当たりにすると、ちゃんと対策できているかどうしても心配になります。中小企業ではリスクのシナリオ分析ができているところはまだ少ないでしょうし、たとえ一社が頑張ったとしても気候変動に立ち向かえるわけではありません。みなさんで同じ方向を向き、一緒に対策していくことの重要性を伝えるのも、我々の役割だと考えるようになりました」

きらぼしの気候変動リスクを考える中で、無視することができないお客さまのリスク。それを自分たちが把握して終わりではなく、お客さまのリスク対策につながる指標として提示し、提案や支援へとつなげていくことが、気候変動リスク対応の次のステージだと山本は考えている。

トーキョーにつくす人:カーボンニュートラル | 山本 誠一-06

ただし、気候変動リスクへの意識が中小企業に浸透するには時間もかかると山本は予想する。信用リスク・市場リスクやオペレーショナルリスクといった常に動いているものであれば、日々モニタリングして備える必要性が分かりやすい。しかし気候変動に起因する災害は、明日起こるか100年後に起こるか誰にもわからない。それをリスクとして捉えるかどうか、という考え方もあるのだ。見えない先への対策よりも、目先の成長を追いかけるべきタイミングもある。

一方で、カーボンニュートラルへの対応が世界的に叫ばれ、大企業を筆頭にサステナブル経営へと一斉に舵が切られている今、何もしないままでは事業が立ち行かなくなる可能性が高いこともまた明白である。バランス次第と言えばそれまでだが、いずれにせよ企業にとっては不安が大きいことに間違いはない。だからこそ、最初に聞いた山本の言葉がより一層深く響いてくる——「リスクを認識することで、安心できる」。

トーキョーにつくす人:カーボンニュートラル | 山本 誠一-07

「リスク管理という仕事は、前に進もうとしている人たちにとって、ある意味ではブレーキになります。リスクはなくなるかもしれませんが、営業も止まるので程よくかけなければならない。逆に前進すべきときは、どんどん進めるよう背中を押す。今後もリスク分析やモニタリングの精度を高め、経営層やお客さまに対し『今はニュートラルにしておこう、今はアクセルを踏んでみよう』と的確に発信していけたらと思います」

心配性でありながらもポジティブに未来を見つめる山本の役割は、これからますます必要とされていくだろう。