誠実な選択肢を示す
高井 航平
スキーム構築のプロフェッショナル
40代前半にして、最年少で部長職に着任。ストラクチャードファイナンスおよびメインバンク化推進の中心メンバーとして活躍。きらぼし銀行におけるファイナンシャルスキーム構築のプロフェッショナル——
華々しい経歴を背負って現れたその人は、肩書きの重たさとは打って変わって細身で軽やか、全身に柔和な空気を纏っていた。きらぼし銀行MF部長、高井航平(たかい・こうへい)を一言で表すなら「しなやか」という言葉がよく似合う。
入行は2002年。最初の配属先である江東区の城東支店は比較的小規模な店舗で、近隣の団地にお住まいになる個人のお客様を担当した。その後池袋支店に異動となり、法人営業の業務をスタート。神田中央支店、日本橋支店と渡り歩き、2016年からはメイン化推進プロジェクト、2019年からはSF部立ち上げプロジェクトに参画。「取引先のメインバンクになることで事業実態を深く把握し、課題を掘り起こして解決策を提案する」という、現在のきらぼし銀行の“勝ち”スタイルを確立させた。
「メインバンクとして財務・非財務問わず課題に向き合うと、必然的に「ファイナンスで解決できるものは何でもやる」ようになる。その中でも目立ったのが、事業承継や株式に関するお悩みだった。特に事業承継は、誰に事業を託すかによって相続やM&Aが絡むため、複雑化するケースが多い。これまで培ったファイナンスノウハウを尽くし、都度オーダーメイドのソリューションを提案するうち、高井は事業承継のスキーム構築において行内有数の担い手となった。
個人から法人へ、サブバンクからメインバンクへ、定型の融資から多様な課題解決へ。その変革を抵抗なく受け入れられたのは、ひとえに高井の柔軟さあってのことだろう。ところが本人に聞けば、「私にはポリシーがないだけ」と笑う。
「何においても、昔から一つの考えにこだわりすぎない性格。それがちょうど(経営方針に)ハマったのでしょう。日本橋支店時代の上司が現社長の渡邊でしたが、渡邊はなんでも“大胆に振って考える”人。そんなふうに考えていいのかとわかったときから、仕事が一気に面白くなりました」
そしてこの振り幅の広さやしなやかさが、意外にも事業承継案件にはフィットするのだ。なぜか。
常にオーナー様にある
事業承継のドラマには、数多くの登場人物が存在する。事業オーナー、受け継ぐ親族、または血縁外の従業員、あるいは社外の買い手。しかし主役は誰かと問われたら、間違いなくオーナーである。関係者それぞれの立場から物事を見つめ、最適解を模索しながらも、最終的に「主語は常にオーナー様にある」と高井は断言する。
偏ったイメージかもしれないが、経営者というのは物事の決定に迷いがないと思ってしまいがちだ。ところが、必ずしもそうではないらしい。
「オーナー様でも、実はわりと決断が揺れるんです。たとえば株式を第三者に売ることを決め、弁護士や税理士と連携して手続きを進めていても、直前になって本当にこれでいいのだろうかと心に迷いが生じる。自らがつくり上げた子どものような会社ですから、当然と言えば当然です。最終段階で真逆の判断をおっしゃることもよくあって、いわばドラマ終盤のスパイスですね」
内心は「参ったなあ」と焦りながらも、動揺を見せず次の選択肢を提示してこそプロフェッショナル。なるほど、相手の心の揺れに寄り添う心と思考の柔軟さがなければ、切り替えは難しいだろう。しかし一方で、数多くの選択肢を提示するのは、迷うお客様をさらに迷わせることにもならないだろうか?こんな意地悪な質問にも、高井はしなやかに回答する。
「オーナー様の迷いやお話を丁寧にお聞きしていると、矛盾点が見えてくることがよくあります。この欲求を叶えるならこんな選択肢があるが、こんなデメリットもある。逆に別の欲求を叶えるならこちらの選択肢があるが、さっきの欲求にとってはデメリットとなる……といった具合に、選択肢によってその矛盾を紐解いていきます。オーナー様が何を大切にしたいのかをしっかり見極め、納得の上でご本人に答えを出していただくことが、案件の最終ゴールです」
つまり、選択肢を提示することは、お客様の欲求を整理することなのだ。可能性を闇雲に提示するのではなく、俯瞰地図を描くイメージに近い。判断が揺れた分だけ、視野は広がる。しかしどれだけ複雑になっても、自分たちに都合よく誘導するようなことはしない。事実を伝えることも恐れない。「答えはお客様自身が決める」を守り抜き、最適解へとたどり着けるよう伴走者として丁寧に寄り添っていく。
「どんな答えでも、すべてを受け入れるつもりでやっています」とさらりと言い切る高井。しなやかさの軸には、そうしたブレない覚悟がある。
より良い社会がつくられる
それにしても、なぜ高井はそこまで課題に向き合う覚悟を持つことができるのだろうか。お客様の貴重な事業と財産をお預かりする立場であれば当然、と言ってしまえばそれまでだが、誰もができるほど簡単なことではない。話を聞くうちに、一つの信念が見えてきた。
「事業承継は確実に東京の社会課題の一つですが、“社会”と言った瞬間、課題が少しぼやけてしまうと個人的には感じています。社会を一様なマーケットとして捉え、一つの答えだけで解決することは不可能です。それよりも意識したいのは、目の前にある一つひとつの事象、一つひとつの出会いに対して、いかに誠実につくし続けるかということ。自分が今までやってきた経験の中から、できること・得意なことを余すことなく相手に提供し、相手にとって一番良いかたちの答えを出す。その結果が集合し、最終的に世の中をより良い形にしていくのではないでしょうか」
「東京の課題」「社会のニーズ」といった言葉を聞くと、私たちはどうしても、大きな塊として漠然とそれらを捉えてしまう。しかし実際には、社会に生きる一人ひとりが抱える無数の多様な課題が積み重なり、絶えず揺れ動きながら、形なき課題が形成されている。その粒度と流動性に向き合い続けること。それこそが、高井の揺るぎないポリシーなのかもしれない。