事業承継の悩みに寄り添う戦略家
菅野 伸和
きらぼしコンサルティング エグゼクティブヴァイスプレジデント
知見と熱い想いで、経営者に寄り添う
「人の想いは、言葉だけではなく、しぐさや目線に表れます。経営者の方と対峙したときには、些細なシグナルを見逃さないように全身全霊をかたむけます」
仕事のこだわりを聞くと、つかの間の熟考を経て、まっすぐな眼差しで丁寧に言葉を紡ぐ。菅野伸和(かんの・のぶかず)。企業の事業承継の構想を描き、実行の指揮を執る戦略ディレクターである。
キャリアは証券会社からスタート。その後、コンサルティングファームやシンクタンク、投資ファンドなど多様なフィールドでM&Aに関する知見を深め、33歳で投資銀行へ。M&Aの専門的な知識をもとに、提案や助言をする仕事(アドバイザリー)を経験した。
東京きらぼしフィナンシャルグループの一員になったのは、2021年6月のこと。きらぼしキャピタルで1年間の投資活動を経て、きらぼしグループが将来像として掲げる「金融にも強い総合サービス業」の実現の一翼を担うべく、現在はきらぼし銀行戦略本部の戦略ディレクター及びきらぼしコンサルティングのエグゼクティブヴァイスプレジデントとして、顧客が抱えるさまざまな課題に向き合っている。その中の一つが、事業承継。M&Aに携わって約30年の菅野の知見が、存分に発揮される領域だ。
「事業承継は『銀行=融資』のイメージとかけ離れているかもしれませんが、企業の存続に関わるため、実は銀行ビジネスの一丁目一番地の仕事です。中小企業白書の統計によると、中小企業のうち約6割が『後継者がいない』もしくは『未定』と言われています。当行支店の担当者に、事業承継のお悩みを打ち明ける経営者の方は少なくありません」
事業承継の選択肢は、子どもや家族などに経営を委ねる「親族内承継」、親族関係にない役職員に会社を託す「社内継承」、他の企業へのM&Aで事業の存続を図る「社外承継」の3つに分類できる。
しかし、なにを選択するべきか、意思が固まっている経営者はそう多くない。そこで、菅野の出番だ。支店の担当者とともに事業承継にまつわる企業の課題を整理し、最適な手段の提案をすることが、彼の役割だ。
職域は、オールマイティ。さながら僻地で活動する医師のように、八面六臂の活躍をみせる菅野のような存在は社内でも稀有だという。
ときには事業承継に向けて必要な組織再編を支援したり、買い手企業の候補を探してマッチングを図ったりと、経営者のニーズに合わせて仕事は多岐にわたる。弁護士や会計士など専門家を召喚し、事業承継のチームをコーディネートすることもあるという。
最良の選択に導く愚直な姿勢
菅野に課せられたミッションに通底するのは、「顧客のニーズを真に理解し、最適な選択肢を導き出すこと」。例えば、事業承継を検討するにあたり、経営者が最初に直面する関門は、「自分の望みがわからない」あるいは「望みはあるが叶うのか分からない」といった内在する壁だ。
そこで菅野はその壁を乗り越える一助になるべく、まずは丁寧に話を聞くことからはじめる。
ある企業の事業承継を支援したときのこと。身ひとつで起業し、50年かけて会社を成長させてきた社長は、専務の息子に会社を継がせるかどうか悩んでいた。その社長が何を大事にしているのか、これまでの足跡に耳を傾け、信念や苦労を知った。足元の財務状況はもとより、事業や人材のこれからを展望し、菅野は総合的な観点からM&Aを提案。社長はそれを受け入れ、買い手候補をリサーチするフェーズに進んだ。
「皆さんに共通しているのは、子どものように大切に育ててきた会社をどう後世に残していくのか、真剣に思案されていることです。心から納得できる事業承継を実現するために、顕在化していない経営者の想いまでも汲み取って提案する。本当に大切なのは専門性ではなく、顧客との関係性を築くことだと思っています」
前を見据えてそう語ると、すぐに顔をほころばせ「人相が悪いので、人あたりがいい印象を持たれるタイプではないんですけどね」と笑う。菅野には、会話を積み重ねることで、想いが伝わり信頼を得られるという自信がある。
「経営者の方々は『人を見抜く力』に長けています。真剣さに欠ける提案は、一瞬で見抜かれますし、刺さりません。表面的ではなく真に迫る提案を練るにも、ひたむきに耳を傾けること、そして事業承継の知識を磨き続けることを大切にしています」
事業承継で描く未来
とはいえ、いまや事業承継の支援は珍しいものではなくなった。では、きらぼし銀行が支援する価値とは何なのだろう。それは、これまで東京や神奈川を中心に築いてきた地盤と深い関わりがある。
「きらぼし銀行は、前身を含めて約100年の歴史を持ちます。一人親方だった企業から大企業に成長するまで、数多くの経営者の課題に、共に向き合ってきました。ある経営者からは、私が事業承継の提案で訪問した際に、『ごちゃごちゃ言わないでさっさと進めてくれ。どれだけ長い付き合いだと思っているんだ』と叱られたんです。驚いてしまいましたが、職員一人ひとりが汗をかき、経営者と苦楽をともにしてきたからこその信頼関係を実感しました」
すべてのステークホルダーが幸福になる事業承継の実現を目指し顧客に尽くすことが、東京の持続的な発展につながると菅野は確信している。今の目標を聞くと「同志を増やしたいです」と即答。
「きらぼしグループの事業承継のビジネスを浸透させるには、仲間が必要です。経営者と真剣に向き合って、最善策を考え抜き、心を込めて提案して、全力で実行に移していく。そんなスタイルに共感してくれる仲間が増えると心強いです。何より提案に厚みが生まれ、顧客に新しい価値をもたらすことにもつながります」
インタビュールームへの入退出時、腰から体を折るようにおじぎをする。低姿勢で決して偉ぶらない。そして時折チャーミングなジョークを飛ばす。そんな菅野の姿からは、人と真剣に向き合い愛されてきた生きざまが窺い知れる。
「喜んでもらえることがうれしい。それが私のモチベーションです」。菅野に備わるロジカルな頭脳と人間味あふれる熱いハートこそ、第三者の立場から事業承継を構想する人物に求められる資質ではないだろうか。社会課題化する「事業承継」。これからも菅野は、その課題の一つひとつと向き合い、同志を率いて戦略を練り、解決の起点となっていくに違いない。