横浜市郊外、相鉄線「二俣川」駅。駅ビルの6階に上がると、ほがらかな会話が聞こえてくる。そこは「モットバ! FUTAMATA RIVER LIBRARY」というコミュニティスペース。リモートワークや勉強に使えるワーキングスペースでありながら、交流の場としても機能する。学生から90代まで、およそ80名の会員と一時利用者が世代を超えて集うサロン。ユニークなのは、会員が自らの特技や趣味を生かして講座が開けることだ。
2023年4月から運営を担うのが、渋谷に本社があるAgeWellJapan(エイジウェルジャパン)。閉業を予定していたコミュニティスペースを移転継承した。そこは、かつてシニア層の憩いの場となっていた空間だった。利用者からの継続を求める声に押され、クラウドファンディングも活用してAgeWellJapanが存続を図った。
午後の日差しが暖かい大テーブルエリアでは、コミュニティマネージャーの澤野友美さんを中心に話の輪が広がっていた。顔見知りの会員たちと親しく明るく話すのは、20〜30代のスタッフだ。話題となっていたのは、今後予定されている講座について。一番人気は「スマホ教習所」。スマホの設定から写真の撮り方、SNSの始め方まで、“デジタルネイティブ世代”が親切な孫のように手ほどきしてくれる。
これまでにAgeWellJapanはシニア世代の自宅を訪問し、買い物や外出の付き添いなどをサポートする事業「もっとメイト」を展開してきた。さらに、超高齢社会のあり方を探る「AgeWellJapan Lab」を立ち上げ、傾聴した当事者たちの生の声をもとに研究・発信している。こうした知見の蓄積が、リアルなスペースの運営やイベント、国際カンファレンスの開催に生かされている印象だ。
AgeWellJapanは2020年1月に創業、赤木円香社長は当時27歳だった。大手食品メーカーを退社して、超高齢社会におけるウェルビーイングを目指して起業した背景には、祖母への想いがある。「私のおばあちゃんは綺麗で料理も上手、昔から憧れの存在です。行動的で一緒にアフリカ旅行もしました。彼女の姿を見ていると、歳を重ねることへ前向きになれるんです」。
しかし、86歳のときバスで転倒。圧迫骨折を負ってしまう。今は全快しているが、一時はかなり気が滅入っていた。ある日、赤木社長はこう漏らされる。「手伝ってもらってごめんなさい。ちょっと長く生きすぎちゃったかしら……」
10代の頃から、一生をかけられるテーマを見つけて起業したかった。それが、祖母の一言を聞いた瞬間に見つかったという。「どうして、あんな言葉をおばあちゃんに言わせてしまったんだろう。つまり、今が長生きしたいと思える社会になっていないんです。超高齢社会の課題の本質はそこなんだと気づきました」。
誰もが「ポジティブに歳を重ねること=Age-Well」の実現をミッションに船出した。しかし、直後に始まったコロナ禍に加え、ソーシャルグッド(社会善)をビジネスにする難しさも味わった。さらに、高齢者向けのサービスならではの困難もあった。
「ポジティブな人、モチベーションが高い人ばかりではありません。歳を重ねると体のどこかが常に痛い。手足や目、耳が弱って自己肯定感が下がっていく。自宅を出ることも億劫になる。それでも『誰かのためになりたい』『新しいことを知ってときめきたい』といった気持ちは残っているんです。私たちはその思いに伴走して、シニア世代のWANTやCANを1つでも増やしたい」
Age-Wellを実現する力強い手助けが、シニアが苦手意識を持つデジタルだと赤木社長は考える。「もしスマホのアプリでタクシーが呼べれば、雨の日や荷物の多い日にタクシーを探す手間が省けて、転ぶ危険も少なくなります。LINEやZoomが使えたら、離れた家族ともオンライン通話ができて寂しくないし、Amazonなどのネットショッピングが使えたら、体調が悪いときには無理して店舗まで行かなくて済む。私たちがシニアのデジタル化を積極的に支援するのは、人生をポジティブにしてくれるからです」。
でも、デジタルに対して身構える心を開き、どうやって懐へ入って行けるのかに悩んだ。変化が訪れたのは、コロナ禍で「ワクチン接種の予約方法を教えます」というキャンペーン。これが大当たりした。「みんなスマホに困っていたけれど、誰に教わればいいのかわからなかったんです。それなら、私たちがシニアにスマホを教えるのを日本で一番うまくなろうと考えました」。
今では、年間5,000〜6,000人にスマホの使い方を教えるAgeWellJapan。スマホを入口にしてシニアコミュニティへの導線をつくり、さらに「モットバ!」のような場に参加を促して暮らしに彩りを添えるシニアを着実に増やしている。「リアルとオンラインの両方が大事だと思うんです。私たちはDXのプラットフォームをつくることはできないけれど、リアルな場にデジタルを繋いで『エモく』することはできますから」。
AgeWellJapanの多くのメンバーは「Z世代」と呼ばれ、物心ついたときにインターネットがあった年齢層だ。赤木社長は、スマホの操作を学ぼうとするシニアの姿勢を「あらためてすごいこと」だと認識している。「70代、80代の人たちの目の前に現れたスマホは、今の私たちにとっての『空飛ぶクルマ』みたいな存在。使うことができれば非常に便利だが、手を出す怖さがある。それを自分の人生で使いこなそうと挑戦しているんです。戦後の物資が何もない時代に育ったシニアたちは、根性が違います。さらに、私たちの世代と、実は価値観が合うと思います」。
それは、新たな情報を得ようとする知的好奇心、挑戦と発見を追い続けるポジティブさだ。「そんな気持ちが自然に生まれるサービスの開発や場づくりを、これからもっと手がけたい」と赤木社長は意気込む。
すでに超高齢社会に突入している日本は、世界から「課題先進国」として注目を浴びている。AgeWellJapanにもシンガポールをはじめ、さまざまな国から問い合わせが来るようになった。創業5年目を迎え、社会の課題に対して応えられる人材の育成に漕ぎ出す。
「シニアのウェルビーイングの市場は、介護、医療・医薬、それ以外の合計で51.1兆円※とも言われます。私たちの知見を、まず国内の約3,600万人(65歳以上の人口)に広めて市場のリーディングカンパニーになりたいです」。
※日本のシニア市場における介護・医療以外の分野。(出所:ウーマンズラボ)
具体的には、従来のもっとメイト事業で手がけていたパートナー制度を発展させて「Age-Well Designer」という公式な認定制度を導入した。のべ150時間以上、50におよぶ研修プログラムをこなした証をAgeWellJapanが与えるという仕組みだ。
「研修で学べるのは、心構えやテクニックです。シニアの方から助言をもらった場合、どのように御礼するか。緑内障や白内障のある人に、どう目配り、気配りするか。ネガティブな言葉に対して、どうやってポジティブに切り返すか。褒め方も相手によって変わります。でも一番大切なのは、やっぱり気持ち。Age-Well Designerになるには、感謝や尊敬ができる人でないと難しいですよね」
最近、老老介護をしているシニアの誕生日を祝った際に、「何年ぶりのことでしょう」と赤木社長はものすごく感謝されたという。「シニアは『おめでとう』と言われる機会が減っていく人たちです。そういう人たちの人生につくすとは、どういうことなのか。共感をベースにした人生伴走を心がけていきたいです」。
インタビュー中、繰り返し「気持ち」という言葉をまっすぐに使うのが印象的だった。シニアへの高い傾聴力やホスピタリティを備えた人材を輩出することで、これから目指す社会の実現に近づこうとしている。
大野晃氏
アビームコンサルティング 金融ビジネスユニット執行役員プリンシパル
ここ数年で、日本の大企業はDXが「デジタル変革」だという認識から「事業変革」そのものだと変わりました。以前だと、対お客さまのフロント部門や企画部門が「DXをやろう」と言い出しても、システム部門が「うちはできない」と答えるような組織の壁に阻まれていました。現在は部門同士で連携したり、そのための組織をつくったりしながらDXが推進されるようになり、汗をかいている真っ最中の企業が多いです。取り組みの一巡目が見えてきて、デジタル人材の育成も本格化し始めています。それに中小企業も続いていますが、業種別では金融、情報通信などが先行しています。運輸や宿泊などの規模が小さい企業もデジタル化は限定的で、農業、林業、漁業などの1次産業では遅れています。
政府がDXを後押しせざるを得ない状況は続きますが、これから5年くらいで現在取り上げられているデジタル活用内容が一般的な企業活動に組み込まれ、DXという言葉もなくなると予測しています。その5年の間にデジタル活用が進まず生産性が上がり切らない企業は、事業を売却したり、会社を畳んだりして事業撤退が進み、事業承継などとは別の事業継続課題が着目されるようになるのではないかと見ています。企業がデジタル化しなければいけない最大の理由は「生産性の向上」です。DXによって業務が効率化されると、最も重要な企業活動にリソースを割くことができます。市場で生き残っていくためには生産性を向上させて、継続的な成長をする土台を育む必要があります。効率的な働き方の上に、組織が成長する循環をつくる。企業活動が縮小均衡に陥らないために取り組まなくてはいけないのが、デジタル化です。
一方、顧客側の視点でデジタル化を考えた場合、情報保護やセキュリティの問題などがあるため完全に不安が払拭されることはありません。サービスを受けたいと願う、あまねく人たちの手には届かない。これを社会全体でどう解決すればいいか。最後は「デジタル教育」に行き着くのだと思います。小学生からプログラミング教育をやったり、デジタル社会の光と闇を教えたりして、メリットとデメリットのバランスを理解していく。そんな人が増えるほどデジタルの恩恵を享受できる社会になります。極論を言えば、未来永劫にデジタルデバイド(格差)が続くかと言えば、そんなことはありません。現状の格差に関係なく、おそらくデジタルの利用率自体は上がっていく。結果的には、時間が解決する問題だとも言えます。
では、ただ待っているだけで良いのか。企業側が顧客本位の姿勢を徹底するなら、格差を解消するサービスを設計し、提供する必要があるでしょう。デジタルが得意ではない高齢者にスマホアプリの使い方を教えて、利用意識のハードルを下げる。もしくはサービスの開発にそうした考え方を組み込む。これらがオーソドックスな方法かというと、必ずしもそうではありません。かけるコストを回収する仕組みを構築し、マネタイズに繋げるのが難しいからです。まだ取り組みが限定的だからこそ、格差があり続ける。この問題を乗り越えるには、この格差解消をなんとかしようと意識したサービスの提供者が増えるしかありません。
個人の目線に戻るなら「人生」というキーワードで考えれば良いでしょう。人がこの世に生きている以上、時間と距離の制約があります。デジタルの活用は、そうした時間や距離の制約を取っ払えるものです。一部でも制約が解消されると、人生における新たなチャンスになる。結果として自分の人生がさらに豊かになるような可能性がある。こう考えるとデジタルを活用する動機が生まれるのではないでしょうか。
きらぼしグループの「デジタル化支援」の答え。
2018年の三行合併で東京きらぼしフィナンシャルグループが誕生して以降、私たち自身もデジタル化を進めています。およそ2年かけてシステム統合を果たした後、2020年5月にはIT戦略室を発足。1年後にデジタル戦略部へ格上げしています。その間にデジタルバンク事業の準備を進め、2022年1月にUI銀行を開業しました。
UI銀行は、東京圏に基盤を構えるきらぼし銀行が設けた「全国規模のデジタルチャネル」という位置付けです。最大の特徴はスマホだけで金融・非金融サービスが完結すること。シニア層のお客さまが銀行にわざわざ来店せずにできることを増やし、お客さまにとって利用価値の高いデジタルバンクを目指しています。
UI銀行という非対面のチャネルを設けたことに加え、2023年度内にきらぼし銀行の全店舗にもタブレットを配置。各店舗の行員が寄り添ってデジタルサポートします。コミュニケーションに時間を割きながら、デジタルでお取引をしていただくお客さまを増やすことで、将来的に行員が事務処理にかける時間を減らしていく。そんな業務効率化を視野に入れたDXを進めています。
このように金融機関とデジタルには親和性があります。しかし、デジタルへのシフトに前向きではないお客さま、苦手意識のある方がたくさんいるのも事実です。きらぼし銀行の約7割を占める60歳以上のお客さまがUI銀行を利用いただく際の障壁は「スマホへの不信感や不安、恐怖心」でした。
そこで、シニア層のデジタル化を支援しているAgeWellJapanに協力を仰ぎました。UI銀行の開業前にお客さまをデジタルサポートする方法を研修していただいたほか、数多くのシニアと接してきた知見を活かして口座開設・操作資料の作成にもアドバイスをもらいました。
現在、特に尽力いただいているのは、UI銀行の開業後にお客さまのデジタルへの悩みが多いことから発足した「デジタルキャラバン隊」の育成です。これはお客さまの「スマホのお困りごと」をサポートする、きらぼし銀行の若手チーム。各支店の新人を中心に選抜された精鋭が、シニアのお客さまに対面でデジタルへのお悩みをヒアリングしながらご案内する活動です。
年4回の研修では、AgeWellJapanが最大80人の行員に実施しています。スマホ操作の説明方法だけでなく、お客さまとの対話方法、対面する姿勢や考え方、シニアへの伴走の仕方、状況に応じたロールプレイング、デジタルのソリューションをどう紹介するかなどが身につく本格的なプログラムです。ここで鍛えられたメンバーは、各店舗でデジタルコンシェルジュとしても活躍しています。
スマホを通じて家族とのメッセージ交換や写真の共有などができるシニアは増えましたが、金融取引までデジタルでするのはまだハードルが高い状況にあります。便利そうで気になっているけれど一人ではできない、と諦めてしまう方も少なくはありません。しかし、公共サービスの手続きや銀行取引などでは、待ったなしでデジタル化が進んでいきます。
お客さまがデジタル化に一歩を踏み出すためには、最初は対面でのサポートが必要不可欠だと思います。各店舗を活用して目の前でデジタルサポートできることが、東京きらぼしフィナンシャルグループの強みだと考えています。サポートするなかで、初めは苦手意識を持っていたお客さまが意外と上手にできたり、「スマホだと動かなくて済むから楽だね」と言ってもらえたり、実はやってみたら簡単だったと気づいていただける光景を目にしています。
デジタルへの苦手意識や不安を軽減することで、より便利な生活体験として、新たな「わたし資産」を増やしていただく。これも私たちの使命だと考えています。
きらぼし銀行では対面のサポートと非対面のサポートを同時に充実させ、各店舗やラウンジを軸にして、東京における地域コミュニティの発展につなげていきます。またUI銀行では、現在きらぼし銀行の店頭で行っている対面でのデジタルサポートを全国に展開していくことも今後の取り組みとして考えています。
これまでの銀行は、どうしてもリアルでのサービスが主でした。デジタルとリアルを分断したものとして捉える業界のマインドセットを変えるのは、一朝一夕にはできません。しかし、顧客起点でのサービスを考えた場合、やはりこれから「デジタルファースト」という考え方は欠かせないと思います。
BaaS(バンキング・アズ・ア・サービス)という言葉に代表されるように、これからの銀行は、銀行業の枠にとどまらない動きが求められていきます。金融というサービスを続けながら、グループの強みを生かしてコンサルティングをしたり、デジタル支援をしたりという場面も増えていきます。デジタルで効率化したいというお客さまに対して、私たちがデジタルサポートを行うだけでなく、ビジネスマッチングをご提案することもできるでしょう。
お客さまの課題に対して、非金融サービスも含めてあらゆる角度でお応えする流れの先に、やがてデジタルバンクの金融機能もご利用いただく。UI銀行と東京きらぼしフィナンシャルグループは、共にそんな総合サービス業に成長していきたいと考えています。