カーボンニュートラル支援

「ゼロカーボン」の宿で、美しい自然を愛でる。

株式会社ARTH
ドキュメント:カーボンニュートラル-株式会社ARTH

東京駅から新幹線で50分。伊豆半島の玄関口となる三島駅に降り立ち、さらにクルマを走らせること小1時間。おだやかな駿河湾に面した西伊豆地区にたどり着く。都会の喧騒を離れて、著名人や文化人が別荘を構えるリゾート地だ。しかし、近年では過疎化が進み、自治体にはインフラの維持・修繕コストも重くのしかかっている。

「LOQUAT(ロクワット)西伊豆」で出迎えてくれたのは、運営を手がけるARTHの高野由之社長。築200年を超える名家の屋敷(旧鈴木邸)を利用した施設には、蔵を改装した1日2組限定の客室棟がある。一棟あたり1泊15万円ほど。利用者は富裕層やインバウンド旅行者に限らず、消費価値にも増して「体験価値」を重視する20代などがいるという。

西伊豆の食材を活かした32席のイタリアンレストラン、ベーカリーとジェラートショップを併設する。高野社長は「その地域になかった価値を、地域に元からあるものを活かしてつくり、地域に恩返しをしたい」と振興への意気込みを語る。訪れた昼の時間帯は、平日にも関わらず盛況だった。パンを求めて地元の人々が行き交い、近隣地区から訪れる馴染みとおぼしきグループが「季節のランチセット」に舌鼓を打つ。障子越しに外国語の会話も聞こえて来た。

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オフグリッドの生活を「1泊15万円」で体感

ARTHではLOQUAT西伊豆を拠点にした「離れ」の宿を増やしつつある。1棟貸しの「WEAZER(ウェザー)西伊豆」もその1つだ。宿泊客は、まずLOQUAT西伊豆でチェックイン。現地までは、貸し出されるEV(電気自動車)のトヨタ「bZ4X」に乗り換える。近未来的なシルバーの建屋の扉を開けると、目の前の視界を遮るものがない太平洋のパノラマが一面に広がる。

WEAZER最大の特徴は「オフグリッド型居住モール」ということだ。CO2排出量はゼロ、周囲の環境に負荷を与えないことを謳う。宿とEVに使う電気は太陽光パネルで発電し、必要に応じてテスラ製大型バッテリーに蓄電。貸し出されるEVは、万が一のケースで宿に電気をもたらす予備バッテリーも兼ねている。飲み水とシャワーの上水は、雨水を濾過して自給している。下水の浄化装置も備えており、トイレの排水などに再利用。そのため、新たに水道管を引く必要がない。

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建設にかかったのは2日だった。電気・ガス・水道のインフラ工事が不要なほか、あらかじめ工場で完成させたコンテナサイズのユニットを現地で組み上げる工法だからだ。

「雨水や太陽光の供給は運任せだから、そのうち尽きてしまうこともあるのでは?」という疑問に対して、高野社長は「過去20年分の気象データを元にシミュレーションを重ねているので、その心配は不要です」と胸を張る。ハードウェアの新しさに目を向けがちだが、WEAZERの秀逸さは自社開発のソフトウェアにこそある。水やエネルギーの生産量、貯蓄量、使用量は常にモニタリングされ、最適なバランスをコントロールできる仕組み。複数の特許も取得済みだ。

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「ソフトウェアベンダーのように、複数の技術をインテグレートして最適解を模索した」というビジネスマインドは、既存の宿泊業の立ち位置を大きく超える。単にプロトタイプを作ったのではなく、1泊およそ15万円(朝夕食付き)の宿泊棟として実際に稼働させ、まもなく1年という実績を持つ。このWEAZERというプロダクトは、なぜ生まれたのか。

ぶれずに進むため、主導権を手放さない

ARTH本社は、東京・横山町の問屋街にある。大手タオル会社の本社だった物件を借り上げ、「Obi Hostel」を6年前に始めた創業の地だ。「拠点を作ろうと思ったときに紹介してもらえた物件です。30代前半の若者を相手にしてくれたのが、日本橋の不動産屋さん。地域に恩を感じて、ここに東京の拠点を置き続けています」。現在の従業員は90名。そのうち60名が、自社の宿泊施設(東京、西伊豆、高知・足摺、沖縄・やんばる国立公園)のスタッフだ。

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建築家の父と陶芸家の母を持つ高野社長は、千葉で育った。美術館などの公共建築や古民家再生を手掛ける父の仕事を間近に見たことで、理系に進む。自分も建築を学ぼうかと悩んだ結果、「クライアントワークをこなすより、自分からダイナミックに社会を変えたい」との思いから、京大経済学部でIT戦略を専攻した。当時、夢中になったのが国内外のバックパッカー旅行だ。「豪華な旅よりも、何気ない集落をぶらりと歩いたり、地元スナックのママと話し込んだりするようなローカルの体験が今でも好きなんです」。

卒業後はトヨタ自動車でサプライチェーンやマーケティングなど、コーポレートディレクションを担当。その後はコンサル、政府系投資ファンドで古民家再生を軸にした地域創生を多く手掛けた後、独立。今度は地域に投資する側ではなく、自ら事業の主体となって挑戦しようと考えた。

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晩年の父親は、モロッコの砂漠で古代遺跡の研究をしていた。その父が没したアフリカの大地への想いは深い。「最初の宿を立ち上げた後、ウガンダに初めて行きました。大学の先輩が農園を買ってレストランにしていて、地域振興を担う様子を視察したんです。ウガンダは気候がいい。雨も降るから、豊かな草原がある。とても美しい国だと感じたものの、ガスや電気などのインフラが整っていません。私たちの『美しい場所をプロデュースして届ける』というビジョンは、安全や衛生、快適な居住空間があってこそ実現するもの。自然の恵みを活かせば、完結型の居住ハウスが作れると考えてWEAZERの企画構想を始めました」。

海外で主流のキャンピングカーはガソリンを使うので環境への負荷がある。ゼロエミッションの居住ハウスは世の中にまだなかった。それなら、自分たちで作るしかない。社内のプロジェクトメンバーを少人数に絞り、ディスカッションを重ねた。「宿泊事業で利益を出しつつ、新規事業を同時にやろうとしました。新しいビジネス一本やりだと社会的に無責任だし、リスクもある。自分たちのエクイティで進めて、自立できる事業にしなくてはいけません。足りない領域は委託してもいいが、最終的にこちらでイニシアチブを取るのが肝心です」。

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そのため、研究開発にも増して苦労したのはファイナンスだった。「特別なことをやり切るために、外部に依存しすぎないことを心がけています。単なる取引相手ではなく、事業パートナーとして一緒にビジネスを大きくしてくれる、自分たちの事業を理解してもらえる仲間を探し続けていました。きらぼしさんは、このビジネスの可能性に興味を持っていただいたパートナーです」。

「自然」と「文化」を敬う気持ちから

ARTHは2023年6月、静岡県に事業基盤を持つ鈴与商事、静岡鉄道、トヨタユナイテッド静岡とともに、株式会社ReSURUGA(リスルガ)を4社で共同設立した。今後、WEAZERの技術を組み込んだ複数の施設を立ち上げることで、西伊豆地区の「カーボンニュートラルな街づくり」を推進。同社では環境ミッションを静岡県全体に波及させることも見据え、地域の活性化に取り組んでいくとしている。

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これからWEAZERは大きく3タイプに分けて市場にアプローチしていく。既存のユニットタイプは地域特性を活かしながら販売する。また、従来の建築手法とWEAZERの技術を組み合わせたオーダーメイドモデルを個人所有・別荘用途に向けて用意。一方で、必要最小限の機能を揃えたエントリーモデルも災害時の緊急避難場所を想定して提案する。

「西伊豆エリアにWEAZERがたくさん集まった『ビレッジ』を作ろうと考えています。在来建築と組み合わせたモデルの着工、海外展開も視野に入っています。国や自治体からは、自然災害や大規模停電などに備えた問い合わせが多いですね」。

そのことを示すように、2023年度グッドデザイン賞でWEAZERは「防災・復興デザイン」カテゴリーのグッドフォーカス賞を受賞。「自然災害への防備または自然災害による被害からの復興に寄与する優れたデザイン」としてお墨付きを得た。

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多くの旅で世界を体験してきた高野社長からは、「自然」と「文化」の両方を愛しているスタンスを感じる。だからこそ、人間の文化が自然を壊すような事態があってはならないと考えるのだろう。

「今後、どれだけ会社が大きくなっても、新築で巨大な建築を作ることはないと思います。事業が主役ではなく、あくまで地球の自然、街並み、社会が持っている魅力が主役です。そこに技術や美意識をもって、静かに手を加える。『高層マンションを建てたいから広い土地を探せ』みたいな乱暴なことはやりません。目の前に広がる海を美しく楽しむために、ささやかなホテルを作らせてもらう。だから、環境に負荷は与えません」。

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WEAZER西伊豆を訪ねた帰り道、次の建設予定地を高野社長が案内してくれた。そこは昭和から時を重ね、多くの来客を迎えた別荘のある高台。海岸まで降りる長い階段の途中で、高野社長が振り返る。「素晴らしい絶景でしょう」。人工物が1つも目に入らない夕刻の海岸線は、神秘的な光景だった。地球の美しさを心から愛し、それを伝えたいという気持ちが新たなビジネスの躍進を支えている。

カーボンニュートラルに、今からどう向き合うべきか。

竹ケ原啓介氏
日本政策投資銀行(DBJ)設備投資研究所所長

経済性を持って取り組めばビジネスチャンスに

2015年採択のパリ協定を契機に、ようやく脱炭素社会へ向けた国際社会の足並みが揃いました。日本における年間CO2排出量は、2013年の14.08億トンから着実に減少して、2021年は11.70億トンにまで下がっています。ただし、これは経済活動が縮小した影響という見方もできます。バブル末期の1990年が12億トン強ですから、この30年でようやく数%しか減らなかったのです。この数字を次の30年でゼロにしなくてはいけない。そのためには「人工光合成」などのまったく新しいイノベーションが社会に実装されないと達成困難な目標です。そんな夢の技術の登場は、早くて2030年代後半から2040年代でしょう。転換期にいる2020年代の私たちは「数値の削減に向けて今やれることを、経済性を持ってやり抜く姿勢」が大切です。

ドキュメント:カーボンニュートラル支援-10 グラフ
2013年以降、CO2排出量の減少傾向が見て取れる。
出典:経済産業省「2021年度温室効果ガス排出・吸収量(確報値)概要」

カーボンニュートラルを目指す取り組みでは、現状のマイナスをゼロにする話に終始しがちです。企業活動で発生するCO2の量を計測し、データで「見える化」する。環境ISOに基づいて、紙ごみや電気使用量を削減する。初めのうちには成果が出ますが、そのうち「漫然とやっているだけ」になってしまう。そうではなくプラスの話に置き換えることで、リスクがビジネスチャンスに変わります。夜間のオフィスで空き部屋の電気を消して回るくらいなら、明るいうちに帰れるように生産性を上げる方法を考える。製造業にフォーカスして見れば、これまでも効率化でコスト削減に経営努力してきました。これは立派なエネルギー改善です。そうした「見えない環境経営」をしている人が、中小企業にたくさんいます。

これから日本企業が果たせる役割とは

2050年までに今の約11億トンのCO2をゼロにする。この社会の大転換には、企業規模を問わずに巻き込まれます。企業規模が大きいほど長期的な展望を描けますが、これから25年以上の時間軸では、いったい何が起こるか分かりません。そうした際に有効な方策とは、1つの方向に決め打ちするのでなく、いくつかのシナリオをプランニングすることです。カーボンニュートラルへの道筋は1つではないと考え、先々の想定外をなくす。ゴールへ向かってコツコツと実績を積み上げる、日本的な「フォワードルッキング」のやり方も混迷の時代に再注目されています。

ドキュメント:カーボンニュートラル支援-11 グラフ
温暖化対策の程度別に、世界の平均地上気温を予測したグラフ(1986〜2005年平均との差)。対策をどう講じるかによって、複数のシナリオを描いている。
出典:AR6 WGⅠ 図SPM.29(IPCC) 、IEA, “ETP2017”、UNEP “The Emission Gap Report 2015”

危機をしのぐだけでは、やがて縮小均衡の世界に入ってしまいます。10年、20年というロングタームを見据えて活動する企業の価値を、足元の数字だけではなく判断する。今やれていることに価値を見出し、経営者の目線の長さや番頭さんの力などの非財務情報を見て、長期コミットするのがメインバンクの役割だと思うのです。例えば、テクノロジーを持ったスタートアップは2050年に向けた「ソリューションプロバイダー」と呼べる存在です。そうした課題解決力を目利きできる銀行が社会のマッチング役を担い、ニーズとシーズを結びつける活動も欠かせないでしょう。

2030年に向かって行動する、
きらぼしグループの「カーボンニュートラル」の答え。
最初のステップは「ニーズの顕在化」
ドキュメント:カーボンニュートラル支援-12

東京きらぼしフィナンシャルグループでは2021年12月、事業戦略部に「サステナビリティ推進室」を設置しました。「サステナブル経営」を目指しているお客さまに対して、各営業店やきらぼしコンサルティングなどのグループ各社と連携してサポートする役割です。

例えば、カーボンニュートラルの取り組みには、太陽光発電パネルの導入があります。工場の屋根に設置する場合、当グループと連携している太陽パネル設置企業の紹介を行い、きらぼし銀行が融資面でサポートをするほか、きらぼしリースでも設備導入をお手伝いするなど、グループ総力を挙げて取り組めるのが私たちの強み。そのまとめ役をサステナビリティ推進室が担っています。

ドキュメント:カーボンニュートラル支援-13

2030年(温室効果ガスを2013年度比で46%削減する日本の目標)というターゲットに向かって、どうすればCO2の排出量削減という課題にお客さまに関心を持ってもらえるか。自分ごととして捉えていただくために、環境問題と経済を結びつけて話すようにしています。

具体的には「ボイラーやプリンターを切り替えると省エネになり経費削減にもなる」「営業車をEVに変更するための助成金がある」といった説明です。もしくは、環境への取り組みが新たな取引に繋がった事例などもご紹介します。あるいは、環境問題は若い世代のほうが敏感ですから、リクルーティングにも有効だとアドバイスをする。そうすることで、経営者の意識も少しずつ変わるようです。

しかし、お客さまの側からカーボンニュートラルについて質問されることはまだ少ないので、こちらから仕掛けないとニーズが顕在化しません。例えば、お客さまごとに解決策をまとめたシートも用意しています。何をやったらいいかわからない方から、環境経営への具体的な方策まで、5段階にステージを分けたメニューを設定しています。

ドキュメント:カーボンニュートラル支援-14
SLLは、目標達成で金利が変動する融資

カーボンニュートラルへの取り組みが特に注目されているのは製造業ですが、サービス業や観光業など、すべての業種にとってこれから無縁な話ではありません。きらぼし銀行からアクションを起こすことで、企業の課題を解決するだけでなく、企業価値の向上も見込めるからです。

宿泊業のARTHにコンタクトしたのは、2023年4月でした。手掛けているWEAZER事業に将来性を感じたため、ファイナンスだけでなく、ビジネスも一緒に成長させるパートナーとしてFCサービス事業部からお声がけしたものです。海外展開も含め、WEAZER事業をもっと広げていくために、どんなお手伝いができるか。

この半年携わり、西伊豆の施設の視察を通して、ARTHが単なる高級な宿を手掛けたいわけではないのがよく分かりました。LOQUAT西伊豆を例にすると、単に自然や建物の歴史資産を有効的に活用しているだけではなく、施設を通して、かかわる「人」を高野社長は大切にしています。例えば地元の人たちが使いやすいベーカリーを作りましたが、これも地元と競合しない事業を考えて選んでいる。地元の人と一緒にビジネスを進めることで、地域の振興にも一役買っています。

ドキュメント:カーボンニュートラル支援-15

きらぼし銀行は2023年9月、ARTHに対して「きらぼしサステナビリティ・リンク・ローン(きらぼしSLL)」を実行しました。SDGsやESG戦略にまつわる具体的な目標として「サステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット(SPTs)」を設定し、その達成状況に応じて金利が変動する融資商品です。具体的には、WEAZERの新規契約件数を2023年度は3件、2024年度から26年度は毎年5件に設定しています。

WEAZERは社会的意義の高い事業です。これからいろんな方面から求められるビジネスですし、さまざまな角度から見て面白い。微力ながら成長を後押しできるよう、長い間携わり続けたいと考えています。

共通の目標に向かう「仲間」を集めたい

7年後の2030年。国の46%という目標に対して、東京都では「2030年カーボンハーフ」を謳い、さらに野心的な「温室効果ガス排出量を2000年比で50%削減」という数値目標を掲げています。東京に拠点を置く私たちは中小企業への支援と連携させながら、都の目標を実現させる命題があります。

カーボンニュートラルに関する事業では、他の企業や銀行と競合するよりも、組織の規模の大小や新旧を問わず、協業して一緒に盛り上げる機運が強いです。カーボンニュートラルに対する意識は、国内だけで事業を手掛ける企業よりも、やはり海外から受注する企業の方が意識は高いと感じます。きらぼしグループでは、例えばテクノロジーを使って課題解決を図るテックベンチャーや、環境問題に長年取り組んできて知見が溜まっている企業との協業を進めようとしています。これから中小企業におけるカーボンニュートラルの意識を一層高め、お客さまの課題解決や企業価値向上に貢献したいと考えています。

ドキュメント:カーボンニュートラル支援-16

燃料高騰による調達費用の上昇、今年の夏の猛暑などを体験して、これまで環境問題に関心の薄かった中小企業の方々も「今やらないとまずい」と気づいていただけたように感じます。こうした時代においては、東京都、大田区、川崎市などの行政とも協力しながら、お客さまや地域の方々を巻き込んでいくことが大切です。

まずは10%、15%の削減に向けて、少しでも歩みを進めていく。カーボンニュートラルに関して私たち金融機関が求められている役割は、関心度の高い人たちを集めることと、共通の目標に向けた仲間作りをすることだと考えています。